異変

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『立証』  どれくらいの時間が過ぎただろう。ふと、横を見ると助手席に転がっている携帯電話が目に入った。  無造作に投げてある携帯電話を拾うと、再び発信ボタンを押した。この信じることのできない現実を否定するかのように。ひょっこり、電話にでてくれるのではないかと、淡い期待を抱いて。  しかし、無情にも、その返答は変わらないのだった。  おかけになった電話は電波の届かない──  何度これを繰り返しただろうか。時計を見ると、お昼を回っていた。もう、三時間ほど動けないまま車にいる。どうすればいいのか全くわからない。わかるはずがなかった。  全ての人間がいなくなるなんて、ありえない。ありえるはずがない。  そうだ! 今日は、学校は休みだった。きっと、創立記念日かなにかで休みになっていたから、大学に人がいないのだ。これでつじつまが合う。僕は強引に自分に言い聞かせた。強引な理由付けでも、混乱しないように、心のバランスを取るためには必要なことだった。  人間とは不思議なもので、信じたくないことには、なにかと理由をつけて否定しようとする。そして、なかなか信じることができない。  例えば大切な物を忘れたとき。その大切な物を入れ忘れたことを思い出しても、もしかしたら、入っているかもしれないと、もう一度鞄の中を探したことはないだろうか。入れ忘れたものが鞄に入っているなんて、万に一つもありえないのに。それでも、人間は鞄の中をもう一度探す。そして、その現実に落胆する。  大学が創立記念日で休みだから人がいないなど、かなり強引な理屈だが、そう信じなければ動き始めることができなかった。自分の推論を立証するために、僕は必ずいつも人がいる場所へ向かうことにした。動かなければ、なにも変わらない。徐々に思考を止めていた脳が回転を始めた。  人がいなくなるなんてありえない。自分に言い聞かすように僕は何度も心の中で呟いた。
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