大江戸ラップバトル

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「なんだよ、くそっ」 蒼汰はもう一度Edgeをにらみつけると、黙って人垣を突き破った。 「疲れたな……」 ふーっと深い深いため息をつく。もたれかかった欄干は蒼汰には低すぎて、不自然に腰をまげた無理な姿勢になってしまう。それでも今は何かに寄りかかりたかった。下を流れる辰瀬川は、普段なら穏やかで浅い川だ。中に入ってもせいぜい膝までの水位しかない。けれど今日は滝のようにドドドと音をたてていた。橋の上まで飛沫がとんでくる。そういえば昨日は大雨だったな。そんなことを考えながらぼんやり川を眺めているうち、蒼汰は目まぐるしかったこの半日の出来事を思い返していた。  この半日で、蒼汰は自分の居場所を全て失ってしまった。発端は、中学の頃から入り浸っていたラップ仲間のグループからの追放だった。今考えても、なぜ自分が悪者のように追い出されないといけないのか、納得がいかない。そのムシャクシャを抱えつつも真面目に出勤したバイト先の定食屋で、些細なことから客と喧嘩になった。悪いのは理不尽な客のほうなのに、店長の毛むくじゃらの腕で無理やり頭を下げさせられ、あっさりとクビを言い渡された。「今日までのバイト代だ」と渡された数枚の金で安居酒屋に行ってヤケ酒でも飲もうとしたが、ちょうど昼を過ぎた頃で、どの店も開いていなかった。しかたなくコンビニで缶ビールを買い込んでアパートに帰ったところ、友人と恋人が裸でくつろいでいた。カッとなって殴りかかったが、返り討ちにされた。そういえば二人とも、最近ボクシングにハマっていると言っていたな、と思い出しながら床にひっくり返って天井を眺めていると、恋人が顔を覗き込んできた。彼女は蒼汰にこの部屋から出ていくように告げた。ヒモとして友人のほうを飼うことにしたらしい。言われるがままに彼女のアパートを出てフラフラと歩きまわっているうちに、この橋に来ていた。 「虚しいな 俺の人生 空っぽ 片っぽのくつした以下さ 用なし 後悔したって リペアは不可能 崩壊したんだ 大切な全て」
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