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荒々しい川の流れをぼんやり眺めて口ずさむ。まっすぐ流れていたはずの水は、いつしか渦を巻いていた。橋の上に立つ蒼汰の足元まで上下左右に揺れている感じがする。耳の奥でボーっという音が聞こえてきた。やばいな、今日あちこちで殴られまくったから、頭がおかしくなったかもしれない。そんなことを考えていると、水面がぐーっと近づいてきた。気づいたときには冷たい水の中だった。
――やばい、おぼれる。
なんとか浮かび上がろうと必死で手足をばたつかせるが、重たくて思うように動かない。ぐるぐる転がされて、どっちが上かもわからなくなった。物凄い勢いで流されていく。何かに掴まろうとするが、手のひらをスルリスルリと水が逃げていくだけだ。息が苦しい。頭がぼーっとする。ドン、と背中を強く打ちつけ、堪えていた息を吐いてしまった。まずい、早く空気を吸わないと。一層もがこうとするが、力が入らない。思いっきり手を伸ばすが何にも届かない。
――ああ、俺はここで死ぬのか。つまんねえ人生だったな。
虚しく両腕を上げたまま体が沈んでいく。その腕を誰かが力強く捉えた。
「ごほっ、ごほっ、かはっ」
川から引きずりあげられた蒼汰はうずくまって咳き込んでいた。はやく空気を吸い込みたいのに、水が変な方に入ってしまって咳が止まらない。痰がからまって余計に呼吸がしづらい。ゴホゴホと大きめの咳をして痰を切っていると、後ろからのんきな声がした。
「いやー、うまく捕まえられてよかった。あなた、大丈夫でしたか?」
まだ返事もできない状態の蒼汰は、代わりに何度も頷いた。声の主を確認しようと後ろを振りむく。最初に目に入ったのは、舗装されていない土の道に立つわらじ履きの足。視線を上げると、紺色の着物をつけ、柔和な笑みを浮かべた初老の男が立っていた。男の頭頂部に蒼汰の視線は釘付けとなった。
「……ちょんまげ?」
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