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蒼汰のかすれ声はまだ落ち着かない呼吸にまぎれて相手には届かなかったようだった。男はニコニコしたまま話し続けている。
「驚きましたよ。橋を渡ろうとしたら何かが流れてくるのが見えまして。モゴモゴ動いているから『あっ、生きてる、助けなきゃ』って思って。いやあ、腰を痛めるかと思いましたが、意外に大丈夫でした。私もまだまだ捨てたもんじゃありませんね」
「……ども、あざっす」
どうやらこの男が自分を助けてくれたらしいとわかり、蒼汰はペコリと頭を下げた。だが依然として感謝の念よりも男の髪型への戸惑いのほうが勝っていた。
「お坊様は、このあたりの人ですか?」
「お坊様?」
誰のことを言っているのだろう、とポリポリ頭を掻いて蒼汰はハッと気づいた。自分の五分刈りの頭をみて、この男は蒼汰のことを坊主だと勘違いしているのか。
「いや、このあたりというか……」
川に落ちる前までは、自宅(だった元恋人の家)から歩いて10分程度の場所にいたはずだ。けれど川でかなりの距離を流された。辺りを見回してみるが、周囲は高い土手となっており、現在地のヒントとなるような目印は見えなかった。なんとも答えられず黙り込んでしまった蒼汰を見て、男は何か勝手に解釈したのだろう、別の話を振ってきた。
「ところで、びしょ濡れになってしまいましたね。そのままでは風邪をひいてしまう。幸い私が替えの着物を一枚持っているから、貸してあげましょう」
そう言うと男は肩から下げた荷物から布を引っ張り出した。
「ささ、早く脱いで、お着替えください」
男に促され、蒼汰は濡れて重たくなったTシャツとカーゴパンツを脱ぎ、渡された服を広げてみた。それは、男が着ているのと同じような和服だった。
――着方がわからねぇ。たしか、前の合わせ方にルールがあるんだっけ。
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