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かすかに
翌日、幻埼は普通に学校に来ていた。相変わらず話しかけにくい雰囲気を醸し出している。朝の教室のあわただしさの中、俺は椅子にもたれかかって、ぼんやりと遠くの席にいる幻崎を眺めていた。すると隣の席の佐伯が話しかけてきた。相変わらず失礼な冷笑を浮かべる男だ、佐伯は。
「佐藤、お前は次元が違う幻埼に話しかけることはできたのか?お前のような低次元の男は、もじもじして話しかけることすらままならないままだろう、きっと。お前はそういう弱々しいオーラに満ちている」
「佐伯、言い過ぎだ。俺は、昨日の放課後、ついに彼女に話しかけた。それはそれは神秘的な体験だったよ。まさに才色兼備だ。勉強ができるとか顔が整っているとか、そういう次元ではない。人の想像力を刺激するんだ、彼女は!」
そう言って俺は幻崎に手を振った。一瞬、幻崎がこっちを見て微笑んだような気がした。すぐに顔をそむけたが。相変わらずヘッドフォンをして外界を閉ざしてはいるが。かすかに俺を見て微笑んだのだ。その美しさたるや。
「見ろ。今彼女はこっちを見て微笑んだぞ。心の距離がわずかに、わずかに近づいたんだ」
「何を言っている佐藤。それはお前の勘違いだ。さてはお前、五月病だな。暖かくなるにつれて鬱になるんだ。お前は今その一歩手前だ。薬でも飲んで治療しろ」
佐伯はそう言って笑った。ひどい奴だ。しかし、そんな友人の暴言などは窓から吹いてくる風とともに消えてしまう。それほど俺の心は一歩踏み出した高揚感に満ちていたのだ。
幻崎が窓の外を見ている。5月の朝、太陽が校庭の緑の木々を照らしている。風が吹き、彼女の髪が揺れた。ああ、なんて美しいのだろう。
(終)
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