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「じゃあ、行ってくる」
「うん。飲みすぎないでね、かっちゃん」
眠そうな顔をした妻がこちらに手を振る。
小さく手を振り返し、玄関のドアを閉めた。
ピー、と電子音が鳴って自動でロックがかかる。
当然ながら、マンションの廊下は静かで、ほとんどの住民が眠りについているのだろう。
こんな夜中でも大理石の廊下はライトに照らされて眩しく光っている。
「『あんな女のどこがいいって言うの!?』なーんて、思われてねぇかな俺」
「ぶっ、んなわけねーだろ。お前はナツコでも女でもないし」
夜中に家を飛び出し、酒を求めて西の部屋に行くことは数え切れないくらいあった。
それをいちいち止めていては、妻の体も持たない。
横に目をやると、廊下の窓から夜景が見える。
12階からの眺めはなかなか良い。
不思議とセンチメンタルな気分になった。
「『あたし…ユウスケなしでは生きていけない』」
ポツリと、ナツコのセリフを言ってみる。
まるでナツコがユウスケに落ちたかのようなセリフだが、実際に落ちたのはユウスケの方だ。
恋人がありながら、ナツコを好きになるのを止められなかった。
「俺もだよ、かっちゃん。好きだ」
ユウスケのセリフを真似して西が乗ってくる。
好きだなんて、一体どれほどの女に言ってきたのだろうか。
ナツコの気持ちが少しわかったような気がして、どこか切ない。
「ずっと一緒にいよう、香月」
名前を呼ばれて、胸のどこかがツンと痛くなる。
アホか、と普段なら言っていたかもしれない。
西の方を振り返り、勢いよく右手で西の左手を掴み、力任せに引き寄せた。
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