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「風呂入る」
「ダメよ、かっちゃん。お酒入ってるじゃないの、危ないわよ」
西の訪問でタイミングを逃したが、風呂に入るなら今しかない。
無理やり脱衣所に向かおうとする俺を妻が必死に止める。
止めたい気持ちは分からんでもないが、俺だって汗は流したい。
「あぁ、俺が入れるよ」
さらりと言ってのけた西に、妻が驚きの表情を浮かべる。
アホかお前は、とツッコミを入れるべきところだが、酒のせいか出遅れた。
場の雰囲気を察した西が付け加える。
「よくうちのじいちゃんの介護やってるからさ、こういうの慣れてるんだよね」
そう言うと、西は俺の手から半分ほど残ったぬるいビールを取り上げて飲み干した。
「悪いわぁ、西くん。あ、下着とバスタオルは今準備するね」
今ので妻はすっかり納得してしまったらしい。
さすがは、20年来の親友同士だ。
西と妻は学生時代からの長い付き合いで、信頼関係は俺以上にあるのかもしれない。
パタパタと、スリッパの音が遠のく。
お笑い芸人たちの笑い声がリビングに響いた。
「……お前のじーちゃん、結構前に死んだだろ」
「あれ、知ってたの?」
西がニヤッと笑う。
入社してすぐに忌引き休暇を申し出た同期がいたから、それはもう、よく覚えている。
「でもジジイの体洗うの慣れてるのは本当だし」
「俺はまだジジイじゃねぇよ」
「似たようなもんでしょ」
まだ35だぞ、と言いかけたが最近は確かに老いを感じる。
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