12人が本棚に入れています
本棚に追加
「ええ、水野江さんには頭が上がりませんよ。うちは、あそこでもってるようなもんですから」
やはりか。
社長の穏やかな表情とは裏腹に、厳しい現実が飛び込んでくる。
辞表を提出する従業員、それを引き留める姿。
水野江工業の名前を出してそれが見えたということは、何か関連があるのだろう。
嫌がらせに耐え切れなくなったのか、それとも引き抜きか……。
そして、土下座までして水野江を見上げる姿。
さらにそれを虫けら扱いで見下す、水野江の憎らしい表情。
この社長もまた、水野江に煮え湯を飲まされているのは明らかだ。
さっきほどではないが、やや直接的に探りを入れてみる。
「そんなご関係ですと、無茶とか言われませんか?」
「何を聞き出したいのかわかりませんが、親切にしてくれてますよ。良好な関係を保ってますね」
一瞬顔をひきつらせたように見えたが、すぐに穏やかさを取り戻す。
この分では、ここでも水野江の悪行を聞き出すのは困難そうだ。
「今日は急な取材にもかかわらず、ありがとうございました。紙面の都合上掲載できるかはお約束できないですが、もしも掲載の際には一冊お送りさせていただきます」
「楽しみに待ってますよ」
永遠に雑誌など発刊されはしない。
あらかじめの言い訳をして、工場を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!