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うつむき加減で歩く彼女は見るからに疲れていた。
まるで餌を数ヶ月与えられず重い荷物を運び続けているドナドナの歌に出てくるような牛をイメージさせる。
しかしその容姿は牛どころか毛を失ったアルパカよりもやせ細っていて、スーパーのビニール袋を二つを両手に持ち、中学生が下げるようなエナメルを肩から下げていた。
「あの、これ落ちましたよ。」
ハンカチを落とした事にさえ気付かない彼女に少し心配になった。
無言で会釈して受け取った彼女の横顔は、僕の中の何かをくすぐった。
「大丈夫ですか?荷物重そうですが。」
気がつくと、持っているビニール袋に手をかけていた。
「いえ、大丈夫です。」
そう振り払おうとした手には痛々しい傷がついていた。
間違いなくこの方は夫もしくは家にいる誰かに暴力を振るわれているに違いない。
「では、私もこっち方面なのでそれまでお持ちします。」
咄嗟に自分でも驚くような上手い嘘をついていた。
深くお辞儀をされて、僕はビニール袋を二つ持ち、彼女と歩き始めた。
中身は野菜や肉、そしてお米も買っている。
この量だと家族は大人数なんだな。
四人兄弟だった僕の母親はいつも大変な思いをして夕飯の支度をしてくれていたのかと思うと胸が暑くなった。
歩いていくと橋を渡ってその先に見慣れたような風景が広がっていた。
この街にも裏側にこんな道があったのか。
なんだかとても懐かしい。
「もうこの辺で大丈夫です。」
そう言って彼女は十字路で振り返りスーパーのビニール袋を受け取ろうとした。
ハンカチを拾った時以外は一度も目を合わせてくれていない。
この周辺が彼女の家なのだろう。あまり深追いするのはよくないと思った。
「わかりました。気をつけて下さい。」
思い荷物を渡した後、私は彼女が十字路のどっち側に進んだのかも確認せずに元来た道を戻り自宅に向かった。
その夜、夕方に見かけた彼女が気になって全く眠れなかった。
なんだか妙に気になっている。
明日も仕事だ、そう言い聞かせて必死に眠りについた。
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