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その中には、タロウの全財産があった。これも、数日前に見た状態と同じだ。もっとも、細かい枚数までは確認していない。一、二枚くすねられていても、気付かないかもしれない。
紙袋とボストンバッグを手にすると、振り返らずに寝室を出た。
リビングに戻ると、山のように重なった洗濯物の中をまさぐった。固く冷たい感触が手に当たると、それを掴んで洗濯物の中から引き抜いた。
右手に握り直して、ぼんやりと手元を見る。馴染むなあ、と、口走っていた。
『お前にはもう、この仕事で生きていくしか道はない』
耳元で再び、サトウの声が囁いた。
肺の奥の奥まで、空気を吸い込んだ。そして、俯いていた顔を上げて、息を短く吐いた。
銃を、紙袋の中の札束の上に乗せる。洗濯物の中からバスタオルを一枚手に取って、その上に無造作に被せた。
立ち上がって、部屋を一回転、視線でなぞった。まぶたを降ろすと、神経が耳に集中する。
包丁の弾む音。蛇口を捻る音。水がシンクに落ちる音。のんきな鼻唄。
「耳に、録音機能でもあればな……」
機械なんかじゃ、きっとうまく再生できない。この音に包まれて眠るのが好きだった。今夜から、自分はうまく眠れるだろうか。
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