第七話 花嫁日和は異世界にて 01

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第七話 花嫁日和は異世界にて 01

 ヴァイルたちと大量の荷物を乗せたヨルムンガンド号は、アルフニルブ国を出港して沖合を航行していた。  曇天の空模様に、ほぼ無風。辺りにうっすらと霧が漂っており、視界と天候は不良。  そんな今の天候と同様に優れない表情を浮かべているヒヨリは舷縁にもたれかかっていた。 ――今でもすぐに帰りたいと思っているのは本心だけど……まるで、この霧が心にかかっているみたい……。  あれほど地球に、日本に、飛芽島に、家に……帰りたいと思っていたのに、躊躇っていた。  操舵所付近で立っているヴァイルを横目で見る。 ――最初の、第一印象は最悪だったけど……あいつ(ヴァイル)は悪い人じゃなかった。むしろ、ヴァイルを都合良く利用しようとしていた私が悪い……ズルい訳で……。  引け目を感じ罪悪感に苛まれて、より気落ちするヒヨリだった。 「クローリアーナ様との謁見以来お元気がございませんね、ヒヨリ様は。それとヴァイル様も」  舵を切るガウディが近くに居るヴァイルに聞こえるように独り言を漏らしし、頭を抱えては腕を組んで深く考え込んでいたヴァイルが反応する。 「悩みたくもなる」 「……ファムファタールのことですか?」  クローリアーナとの謁見の後、ガウディたちに今後の方針……ファムファタール捜しを説明していた。  各々難しい顔を浮かべ、その困難さを示していた。 「行方を知る者など居らず、噂だと空を飛ぶ船を乗り、何処へ行き何処へ行くのかを風に訊いてみないと解らない相手だ。俺たちだけで捜しても手掛かりが掴めるかどうか……だが、捜さなければならない」 「ヒヨリ様の為にですね」 「……俺の我儘で迷惑をかけるな、ガウディ」  珍しく神妙な態度にガウディは優しく微笑む。 「いえいえ。ヨルムンガンド海賊の頭目は昔から船員に迷惑をかけてナンボですからね。それに待ち望んでいるのもあります」 「待ち望む?」 「我々もヒヨリ様に好意を持っておりますし、ヴァイル様の伴侶に相応しい方だと思います。なんとしてでも、ヒヨリ様とご成婚を挙げて貰いたいのです」 「……その為にも、ヒヨリを故郷に連れて行かないとな」  僅かに影を落としたヴァイル口調にガウディは、単純にヒヨリを故郷へ連れて帰れば結婚できないのではと勘付いたが、あえて無視をした。それはヴァイルとヒヨリの二人だけの問題だと思ったからだ。 「それで、どういたしますか?」 「まずは情報収集するしかあるまい。ただ……」  捜すにしても気にかかることがあった。  魔女(ファムファタール)の悪い噂だ。 「災厄の魔女……。もしファムファタールを見つけたとして、我らの頼みを聞いてくれますでしょうか?」  上等な品物を献上したしても融通をきかせてくれる訳がない難しい相手だろう。 「……そこは魔女の気まぐれに期待するしかあるまい。とりあえずヴァーン島に戻り、姉上(サリサ)から頼まれた物を降ろさないとな。それからアーステイム王国に行って、セシルにダーグバッド撃退のことを報告するついでに、ファムファタールの情報収集をして……」  仄かな希望を抱きつつ、これからの予定を考える。  サリサのお使い品は砂糖や野菜に蜂蜜といったアルフニルブ国の特産品。クローリアーナとサリサに間柄により格安で調達できていた。それらをヨルムンガンド号の搭載量限界ぎりぎりまでに積み荷を載せているので、船速は鈍足。ましてや風は吹いていないので潮流に乗るしかなかった。 「ヴァイル様、先ほどより霧が濃くなってきましたね」  ガウディが言った。  ファムファタール捜しを案じるよりも、今はガンダリア帝国や無法海賊の襲撃を警戒した方が良い状況だ。  折角調達した物資を略奪されたら、サリサから死に等しいお仕置きが待っているだろう。 「そうだな。全員、念のために辺りを気をつけろよ!」  ヴァイルが注意を促し、各自が「おうっ!」と了知の声をあげた。  各自が自分たちの仕事を全うする姿に、ヒヨリは両頬をパチンと叩いて気持ちを入れ直した。 「今、悩んだってどうにもならないし、こういうモヤモヤした時は料理に作るのに限る!」  自分の存在理由を発揮するために、食料が置かれている場所へと向かう。 「といっても、船上(ここ)で作れるのはただ野菜とか肉を挟むだけのサンドイッチみたいなものだし……料理したとは言えないんだよね。それにパンが堅いから、あまり美味しくないし。そうだ! ヴァーン島に着いたら柔らかいパンを作ってみようかな。あ、サリサさんとの約束もあるし、ケーキを……」  ヒヨリが料理の思案に明け暮れようとした時だった―― 「……!?」  最初に気付いたのは帆柱の見張り台に居たロアだった。  ヨルムンガンド号の左側面から霧に船影が視界に入り、ロアが「船だ!」と叫ぶびながら警鐘を叩いたのと同時に、大船が衝突してきたのだ。 ――ガガッーン!  芯に響く衝突音と共に大きな衝撃と振動がヨルムンガンド号を襲い、船体は激しく揺れた。  悲鳴をあげるヒヨリをよそに、ヴァイルたちはバランスを崩すも船から落ちないように舷縁や縄を掴み堪えて、体当たりしてきた船を確認する。 「あれは……!?」  船嘴に設置された角の生えた髑髏(ドクロ)の船首像や船体に見覚えがあった。  ダーグバッド海賊の母船・シーサーペント号。 「ヒャハハハハハっっっっっ!」  船首の方から気味の悪い笑い声が轟いた。  謎の人物の姿をはっきりと目で捉えた途端、ヴァイルたちは絶句する。 「ダーグバッド!? なんだ……」  長い髪と長いヒゲで汚い身なりをしたダーグバッドと、その配下たち。だが、ダーグバッドたちの様子がおかしいのに気付く。  一様に肌の色は薄黒く変色しており、表情も生気を感じられない仮面なような笑みを浮かべていた。 「「「ヒッひっヒッヒッひっー……!」」」  ダーグバッドたちは不気味に笑いながら高く跳躍すると、ヨルムンガンド号に乗り込んできた。  二度までも同じ相手に襲撃を受けるとは予想外だが、すぐさま体勢を整え、 「総員、攻戦だ!」  ヴァイルが鬨の声をあげ、ガウディは拳、ロアは弓矢、トーマは短剣、ラトフは鉄鎖と各々の得物で襲いかかるダーグバッドたちと戦い始めた。  ヴァイルは敵をなぎ倒しつつ、ヒヨリの元に駆け寄った。 「大丈夫か、ヒヨリ?」  ヒヨリは万が一に備えて救命胴衣(ライフジャケット)を着込み、バックルをしっかりと止めて装着した。 「う、うん。この人たちって島を襲ってきた人たちよね。でも、島の時と様子が変だけど……」  強打を食らわすも、矢で額を穿つも、切り裂いても、ダーグバッドたちは痛みを感じておらず平然と向かってくる。  頭目であるダーグバッドが統率する素振りはなく、率先と暴れているが、ただ曲刀を振り回しているだけ。他の配下たちも同様で、まさしく烏合の衆。まるで自分の意志に関係なく操れているようだった。  ヴァイルたちが優勢で交戦する中で、異変が起こる。 「え、なに?」  ヒヨリは空を見上げた。  元より曇天で辺りは薄暗かったが、一瞬で夜が訪れたように真っ暗となり、急激な気圧の変化を感じ取った。  急に漂っていた霧をかき消すほどの強い風が吹き荒び、ヨルムンガンド号が大きく揺れた。  ダーグバッドの襲撃、突然の悪天候――それだけで終わらなかった。 「シャァァァァァッッッッッ!!」  海面から数体の異形の生物が喚き立てながら飛び出したきた。  その姿はヴァイルとヒヨリが初めて出会った時に出くわした怪物……海魔だ。海魔もヨルムンガンド号に乗り込み、ヴァイルたちに襲いかかってくる。 「海魔だと!? こんな時に!」  息つく間もない災い事にヴァイルたちは手が回せない状況となってしまう。  そんな時だった。  墨汁こぼしたような暗雲を切り裂いて一筋の白い光が差し込み、スポットライトのようにヒヨリを照らし―― 「えっ! えええええっ!?」  ふわっと――ヒヨリの身体が浮かび上がった。 「ヒヨリ!」  ヒヨリの声で気付いたヴァイルは即座に手を伸ばすも――間際で、高々と急上昇し、ヴァイルの手は届かなかった。  また、ラトフが鉄鎖を投げ飛ばそうとするも、ダーグバッドの配下や海魔が邪魔だてをして手出しが出来ず。  ヴァイルたちは宙に浮上していくヒヨリを、ただ目だけで追いかけるだけしか出来なかった。  そして差し込む光の先……雲と同化しそうな漆黒の大きな船が浮かんでいたのだ。 「あれは……まさか!」  ガウディが察する。  噂に聞く――ファムファタールの空飛ぶ船。  それが何故ここに、かつヒヨリを連れ去ったのか不明で今枠してしまう。  ヒヨリは飛空船に吸い込まれていき姿が見えなくなり、飛空船は颯爽とその場から飛び去って行った。 「ヒヨリッッッッーーーーーーー!」  ヴァイルの絶叫が虚しく響き渡るだけだった。  すぐさま飛行船を追いかけようとするも、 「ヒッひっヒッヒッ、ひゃはははーーー!」  ダーグバッドが笑いながらヴァイルに斬りかかってくる。 「邪魔だ!」  強い怒気がこもった口調で言い放ち、ダーグバッドの曲刀を手斧で弾き返すと、己の全ての力を込めてダーグバッドの脳天目掛けて手斧を振り下ろした。  一刀両断――斬られたダーグバッドは力無く海へと落ち、藻屑になった。  残った海魔やダーグバッドたちの配下が襲ってくる中、ヴァイルは空の彼方へと向かって、心の底から叫んだ。ヒヨリの名を――
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