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昨日の熱は力のせいだし、さっきまでだって、[自分の封印が解けた][幽霊が視えるようになった]以外は、ぜんぜん普通だった。
「和泉くん?」
視界の端に、近づいてくる五十嵐先生の姿が入った。
反射的に目を瞑る。
先生の背後にある黒い怒りの顔が、何故か五十嵐先生のように見え、それがどうしようもなく怖かったのだ。
「どうしたの?」
―許さない……ぜったい……
近づく声。
近づいてくるなっ。
ぎゅうっと目を閉じ、必死で願う。
「顔色が悪いようだけど、だいじょ……」
―悔しい……悔しい……悔しい……
閉じた瞼の裏、人間の手に変化した暗闇に捕らわれる自分の姿が浮かび上がった。
―憎い……憎い……憎い………
「うわああっっっ」
「和泉っっ?!」
立原を突き飛ばし、俺は転がるように駆け出した。だが、逃げるのには一歩遅かったようだ。
―オオオオォォォォオオオオォォォォオオオオォォォォオオオオォォォォ
「うっ」
怒気が、雄叫びとなって周囲を取り囲んだ。負の感情に包み込まれたことで、恐怖で足が止まる。
な、なんだよ……これ……。ど、どうしたら、ここから、抜け出せる?
―オオオオォォ………我らの………
え?
聞こえた声音は、五十嵐先生ではなく、男性のもの。それに気がついて、その正体を見極めようと意識を合わせれば、怒気が言葉を形成した。
―我らの、土地を、返せ
頭の中に言葉が流れ込むと同時、満月の夜の丘の上、一匹の鬼が咆哮する映像が現れた。なんだこれ、と思う間もなく、立ちすくんでいた俺と、その鬼の視線が絡み合う。
げ。やばい。
―…お前は……、能力者かああぁぁっっっ
身の危険を感じたその時、鬼の雄叫びが俺に向かって投げつけられた。怒気が槍となって迫り、俺の胸に突き刺さる。
「ぅぐっ」
意識を司る神経が、その衝撃で切断された。身体が傾く。
「和泉っ?! おいっ、しっかりしろ。和泉っっ」
立原の声がものすごく近くで聞こえた。頬に制服のカッターシャツの肌触りを感じた。
幽霊に慣れる前に、化け物級の霊と遭遇するなんて、ありえなくない?
そんなことを思いながら俺は、何も見えない真っ白な世界へ落ちていった。
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