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手から滑り落ちた念珠の残像を消し、遠くへ行きそうだった思考を引き戻す。互いの顔を不安そうに見合っている、三つの顔へ視線を合わせた。
「5時過ぎたわよ。そろそろ帰ってくれないと、先生が怒られるわ」
その言葉に、そうだった、と不安な空気はパチンと弾けた。
「それじゃあ、先生、さようなら」
「バイバイ、先生」
「また明日ね~♪」
別れの挨拶を口々に、英語クラブの女子生徒たちは手を振った。目を細めて、私は手を振り返す。
「気をつけて帰るのよ。動物だけじゃ済まないかもしれないんだから」
「「「は~い。充分に気をつけま~す」」」
忠告を受け取った証が、笑顔と共に返ってくる。それらを受け取りつつ、私は彼女たちを追いかけるように廊下に出た。離れていく三つの背中を見守る。
「ねえねえ。呪いよりも、封印が解かれたって方が面白くない?」
「何が面白いのよおっ」
「だってだってえ。そうすると、今後の展開として、美形の霊能者が現れるかもっ」
「きゃあ~。それ、マン研的発想っ」
離れても聞こえる笑い声に、自分の目元が緩むのを感じた。
「あの子たちったら、ネタが尽きないのねえ……」
部活動というよりも、茶話会と化している英語クラブの現状。英語研究室で散々笑ったというのに、まだ笑える話が残っているらしい。もっとも、この時期の女の子は、大しておかしくもない話でも大笑いできるのだけれど。
無邪気だ、と思う。そして、幸せだ、と思う。
廊下の窓ガラスに視線を投げれば、そこに映る自分は無表情だった。目をそらす。
気がついていた。悲しい気持ちも、面白い気持ちも、長続きしなくなったこと。
後悔しているのだろうか………。
ふと思う。
あの日、門番である使命を忘れ、目の前に現れた闇に手を差し出したこと、後悔しているのだろうか。
目を閉じる。深い闇へと落ちていく。
―涼子………
深い闇の底には二つの光。目を細めるまでもなく、それは両親だとわかった。
―お父さんっ。お母さんっ
二人の間へ飛び込んだ瞬間、光は消滅した。
「……してないわ………。後悔なんて、していない………」
ぎりぎりと歯軋りをして、目を開ける。
『ソンナニ憎イ男ナラ………』
体内に渦巻く黒い闇が動き出した。
『ソンナニ憎イ男ナラ、殺シテシマエ………』
私の心の中、理性の糸がまた一つ、切れた。
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