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気がつけば、足を投げ出した形で座り込んでいた。ここはどこだろう、と思う意識は薄れている。
「………ごめんね」
呟いていた。
「………ごめんね」
呟きながら、スマホの画面を撫でていた。
「………ごめんね」
指先には、茶髪と黒髪、二人の女生徒の顔がある。
ぼやけている視界に、今日の午後の、英語研究室での出来事が蘇る。黒髪の生徒が、スマホをなくした、と言って泣きながらやってきたのだ。
―あちこち探したけど、見つからないの
笑顔が可愛らしい長い黒髪の少女を、画面の上から再び撫でる。
「………ごめんね」
―わかったわ。先生も一緒に探してあげるから
校内への持込は禁止、本来はそう言って叱るべきところ、生徒を庇護した。
「………ごめんね」
涙が溢れる。スマホ画面の女生徒の顔に落下する。
慰めたのは、私がそれを持っていたから。罰則ではなく、私的な怨恨を動機に、私が盗んだから。
「貴女には何の罪もないのだけれど………」
貴女は、私が憎んでいる男が溺愛する、たった一人の孫娘だから。
「………ごめんね。貴女の産まれる前の事だけど、私、どうしても許せないから」
涙が数滴落ちた二人の生徒の顔がぶれ始めた。私は、ジジッという、羽虫が炎に焼かれる時に立てる音と似た音を出して真っ黒になった画面を見下ろした。
能面のように真っ白い顔の女が、無表情で涙を流している。
「………ごめんね。せめて先生の理性が残っている間は、一緒にいてあげるから」
指先に意識を集中させる。自分の力で自身の肉体を動かせるのは、もうあと数時間くらいだろうか。
指を這わせた先、手のひらを見つけた。
温かい。柔らかい。
その感触が、残り少ない私の感情に刺激を与えた。
「ごめんなさいっ。こんな選択しかできない私を、先生を、どうか許してっっ」
私は贖罪と共に、冷たい床に横たわる長い黒髪の女生徒―葉山千晶さんの温かい手を握り締めた。
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