晩夏の香り

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それ以来、僕は万智巴と会話することはなかった。 彼女がどうなったのか、彼女が今どうなっているのか、全く知る由もない。 ただ、僕は忘れられないのだ。 彼女のことを。 彼女のあの笑顔を。 トマトを蕃茄と呼ぶことを教えてくれた彼女。 九月の、ちょうど今頃の時期を晩夏と呼ぶことを教えてくれた彼女。 蕃茄の由来は晩夏だと言った彼女。 僕は。 その一瞬で、どうしようもなく恋に落ちたのだと、そう思う。 そしてその瞬間、全てがどうでもよくなったのだと思う。 悪い意味ではない。 良い意味で、全て吹っ切れた。 受験も成功したし、今もこうして腐ることなく生きている。 僕は明日、結婚するよ。万智さん。 ただ一言、ありがとう、とお礼を言わせてください。 ありがとう。 今僕がここにいるのは貴女の、何気無いあの一言があったから。 ありがとう。 僕はこうして幸せになることができた。 ありがとう。 どうか、この思いが万智巴に届きますように。
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