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そいつがゆらりと立ち上がると、随分と背が高いことが分かる。
長い手足、スラッとしたモデルみたいな体型。
あれ、この後ろ姿…。
これはもしかして、いや、もしかしなくても…。
こちらに気づいた男はゆっくりと振り返ると、氷のような無表情から一瞬にしていつもの明るい笑みを浮かべた。
美しいその顔と彼の白いTシャツには、赤い液体が滴っている。
「…え?…えぇえっ?何して!てか血?!血が、ついてっ」
「あっははは!大丈夫だから落ち着いて?これ、返り血だから」
「あーそっか返り血………え?」
それはそれでどうなんだ?
え、じゃあ誰の血なの…。
混乱する俺をよそにいつも通りの明るい笑顔で話すアイス。
彼の表情も雰囲気もそれだけ見ればいつもと変わらないけれど、顔や手、服に染み付いた赤がその光景の異様さを際立たせていた。
まさか、ケンカとか?不良だったのか?
ゲホッという声がしてアイスの肩越しに路地裏を見ると、奥には壁にもたれ掛かって何やら咳き込んでいる人影がいた。
倒れるときにでもぶつかったんだろうか。
辺りにはゴミ箱やらダンボールやらが散乱している。
うわぁ、こんなガチのケンカ現場とか初めて見た…大丈夫かなあの人。
あれ、ていうかあのグレー、どっかで見覚えがあるような…?
「今から帰るの?送ってあげるよ」
俺が思い出す前に、視界が彼でいっぱいになった。
彼は俺に目線を合わせてゆっくりと迫ってくるもんだから、俺は路地裏から通りへ押し出されるように後退りした。
そんな血の付いた笑顔で言われても、正直怖い。
なので丁重にお断りしたい。
「こっからすぐなんで、大丈夫です」
正直もっとぐいぐい来られるのかと身構えていたが、彼は案外あっさり「そっか」と引き下がった。
「怖い思いさせたくなかったんだけど…結局こんなとこ見せちゃって、ごめんね」
形のいい眉を下げ心底申し訳なさそうに囁かれる。
「あの…」
聞きたい。
ここで何してるの、ケンカしてたの、大丈夫なの、奥の人はあなたがやったの、なんでそんなこと…。
だけどひとつも言葉が出てこなかった。
深い青は真っ直ぐに俺を捕らえて離さない。
俺はまるで閉じ込められたみたいにその瞳から目を逸らすことが出来なかった。
「ねえ、」
いつもの明るい笑顔で爽やかに彼は言った。
「また来週、行ってもいいかな」
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