毒の花

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 やはり山は虫の宝庫でもあった。払っても耳元でブンブンと羽音をたてる。虫よけスプレーをかけたはずなのに、山の虫には通用しないのか、しつこくまとわりついてくる。足元に小さな枝や草が絡みついてきて、その下を大きな黒い蜘蛛が横切ったかと思うと、コウロギに似た虫が、枝を踏みつけた瞬間、姿を現し、びょん、と飛んだ。堪らず呟く。 「もう、嫌。虫なんか大嫌い。帰りたい」 「頑張ってよ、隆子ちゃん」  今の呟きが聴こえてしまったのかと思い、美世の地獄耳に空恐ろしさを感じた。  虫の煩わしさを我慢しながら、大量に落ちている細い枝をバリバリと踏みつけ、木々を掻き分けて進むと、少し開けた場所へ出た。美世はその辺の草には目もくれず、その奥に鬱蒼と茂っている木々の間を進もうとしている。隆子も美世の後に続こうと前に進んだ。  と、ある地点に目が行った。野草の本で散々眺めた草が密集して生えていたのだ。もしかするとトリカブトかもしれないと思った瞬間、心臓が大きく波打った。持っているナイフの柄には熊避け用の鈴がついている。隆子は鈴を手のひらで覆い、音が鳴らないようにした。美世は隆子の五メートルほど先の場所で背中を向けている。が、また振り返った。 「隆子ちゃん、採れてる? 私のこと見失わないようにね。ちゃんと気をつけるのよ」  隆子は、トリカブトを採らないよう美世から見張られているような気がした。 「うん。わかってる。大丈夫」  隆子の声で安心したのか、美世はまた背を向けた。隆子は再び足元を凝視した。散々本で眺めた猛毒の草がすぐ足元にある。束になって。植物がこちらを見ているかのように。
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