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思い出がある。それは二人の出会いだった。入院中の母に頼まれ隆子は伊吹屋でケーキを買った。信子の入院は、股関節の手術のための入院で食事制限はなく、信子から頼まれたものだった。信子はモンブランが好きだった。モンブランは人気で、すぐに品切れになるのだが、幸い一つだけ残っており、購入することができた。しかし隆子が店を出たところで、走ってきた男性とぶつかり、箱を落としてしまった。謝りもせずその人は走り去った。
「どうしてくれるのよ、モンブラン。最後の一個だったのに」
男に向かって叫んだが、その姿はすでに小さくなっていた。
「お母さんに頼まれたものだったのに」
箱を開けてみると、案の定、ケーキは潰れていた。
「あの、お客様、大丈夫ですか?」
伊吹屋の店員が駆け寄って来た。
「もう、今日はモンブランお終いですよね」
はい、と店員は気の毒そうに隆子を見つめた。その時、近づいてきた男性がいた。
「僕のでよければどうぞ。たまたま見ていました。さっきのあの人、ひどいですよね」
その男性こそ、桑島真だったのだ。
「大丈夫ですか。怪我はありませんでしたか」
「え、ええ。大丈夫です」
真は箱を持っている方とは逆の手を差し伸べ、隆子が立ち上がるのを手伝ってくれた。
「取引先にって買ったんですけど、モンブランじゃなくてもいいので。お母さんに頼まれていたんでしょ。だったらこれをどうぞ」
隆子の手にケーキの箱を持たせようとする。
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