毒の花

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 隆子は結婚祝いにもらった有名ブランドの皿を、戸棚の奥から引っ張り出した。十二年間、この皿は割れなかったというのに、自分たち夫婦には亀裂が生じた。美しい薔薇の絵皿は、疲れていても掃除だけは手を抜かないマイホームの白いテーブルに似つかわしい。  一個四五〇円の小ぶりなモンブランに、耐熱ガラスのカップに注いだスペアミントのハーブティー。隆子が欲しかったステータスの、シンボルにもなりそうな空間がここにある。  今は、ローン返済のために弁当屋でパートをしなければならない家計の内情も、夫の裏切りに遭った情けない現実も、何もかも忘れて、あなたが私にくれた最後のプレゼントをゆっくり味わいましょう。 「いただきます」  おう、とソファの方から真の声がした。ケーキの甘みが口中に広がる。もうひと口。と、甘みとは異なる、渋みにも近い妙な味がした、おや、と思った時、急に口がビリビリと痺れ、俄かに目の焦点がぼやけた。痺れがあっという間に全身に広がる。隆子は椅子から転げ落ち、震える手を差し伸べた。だが、身体を動かそうにも、時折痙攣のようにビクン、となるだけで思うように動かない。  助けて…。声にならない悲痛な叫びが洩れた。ぼやけた視界の中に、真の輪郭が見えた。  あなたが、毒を? ケーキに、毒を?  苦しい息の中から微かにヒューヒューと、声ともつかない音が洩れる。 「ごめん、隆子。こうするしかないんだ」  嘘だ。頭の良いあなたがこんな幼稚な策を用いるはずがない。ケーキから足がつき、すぐに逮捕される。あなたの子供は殺人者の息子という十字架を背負うのよ。あなたがこんな下劣な方法で私を殺すはずがない。  薄れる意識の中で隆子は懸命に思考を巡らせた。が、ついに目の前が真っ暗になった。
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