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「おい、おい」
誰かが隆子の肩を揺すっていた。目を覚ましても、どこなのかわからない。誰かに発見されて、病院に運ばれて命を取り留めたのか。
「おい、おい、隆子」
真の顔が目の前にあった。隆子はぎょっとして腕を振った。勢い余って夫を突き飛ばすかたちになった。真は後ろに倒れそうになったところを何とか踏ん張った。テーブルにドン、と手をついて怒鳴る。
「何するんだよ。うなされてたから起こしたんじゃないか」
「うなされて、いた?」
「ああ、そうだ。起こしてやったのに何だよ」
夢? 隆子は周囲を見渡した。テーブルの上に伊吹屋のケーキの箱は見当たらない。台所にも、ハーブティーを淹れた形跡はない。
「一体どうしたんだよ。怖い夢でも見たのか」
「うん。ごめん。ちょっと怖い夢を見て」
「しっかりしてくれよ、まったく」
吐き捨てるように真が言った。その言い方がカチンときた。大丈夫か、のひと言もない。自分はもう愛されていない。邪魔に思っているから思いやりの欠片もないのだ。気がついたら口が勝手に喋っていた。
「あの女には、そんな言い方しないんでしょ」
真の背中が一瞬凍りつくのを隆子は見逃さなかった。その背中に追い打ちをかける。
「知ってるんだから、私」
ごくり、と真は唾を飲み込んだ。隆子はもう一度、低い声で告げた。
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