毒の花

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 トリカブトと二輪草。鈴蘭の葉と行者ニンニク。水仙の葉とニラ。よく似た植物が生死を左右する。アコニチン、リコリン、コンパラトキシン…。猛毒。いずれも致死量は数ミリから数グラム。要注意。わからない植物は採取しないよう心掛けましょう。  野草のガイド本を閉じ、桑島隆子は窓辺の鈴蘭を見た。鈴蘭は、活けていた水を飲むだけで人が死ぬらしい。街路樹の脇に植えられた鈴蘭は年々数を増し、植え込みは満杯だ。はみ出してコンクリートの裂け目から生えていた一本を、踏まれそうなので摘み取った。  ど根性鈴蘭の微笑ましさと花弁の愛らしさの裏に潜む悪魔の顔。殺傷能力が極めて高い猛毒の含有を思うと、小指の先にも満たない小さな花弁が集団で鋭い牙を剥いて、道往く人を見上げているようでどこか不気味だ。 「そうか、この水で死ぬのか」  隆子は鈴蘭を台所に持って行き、花をゴミ箱に捨てた。コップに残った水を凝視する。活けて間もなく、水に濁りはない。  猛毒…。浮かぶのは夫、真の顔だ。あの人が一番悪い。コップを握り締めた手が震えた。  深呼吸をした。水を捨て、神経質なほど丁寧にコップを洗ったが、毒気が落ちない気がして、不燃ゴミ用のポリバケツに放った。コン、と音を立ててコップがバケツの底に消えると、隆子はその場に崩れ落ちた。花を処分しても浅はかな思考が止まらない。  誤って毒草を採ってくる。知らずに相手に食べさせる。相手が死ぬ。警察に、間違えたと訴える。そう、涙ながらに。法律は不勉強だが、たとえ罪になったとしても過失致死罪。山菜採りになど行かなければよかったという後悔の念を訴える。夫の秘密を調べたことが知れ、殺意があったとされ、万が一殺人罪が適用されても、裏切られ、精神的に追い詰められたのは自分だ。情状酌量が認められ悪くても執行猶予つき。そんなところか。
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