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「知ってるの。何もかも。あなたが遅くまでどこで何をしているのか、今、どういう状況かも、全部」
真は驚いた顔を向けた。四十歳を過ぎて、隆子のご主人は渋味が増したと友人達に言われる。美世も真はハンサムだと言う。だが、今目の前にある夫の顔は、目を丸くして、口を半開き。ハンサムなどとは程遠い。
隆子は無言で立ち上がった。寝室へ行き、クローゼットに隠していた探偵社の封筒を持って居間へ戻り、テーブルの上に投げつけた。
「調べたのか」
「こそこそ嗅ぎ回った私を、卑怯だと思う?」
卑怯だとは言えまい。妻を裏切って別の女に子供を生ませた男の方が、よほど卑怯なのだから。隆子は封筒を手に取ろうともしない夫の胸元にそれを突きつけた。
「見てごらんなさいよ。そして想像してみてよ。私の心の中を」
隆子は封筒の中から盗聴したカセットテープを取り出した。
「これ、聞いてごらんなさいよ。あなたという人間がどれだけ卑怯か。自分の声を聞いてごらんなさいよ」
「い、今どきカセットなんか」
「聞けるわ。知らないの? 家電量販店にもカセットデッキくらい売ってるわ。何なら実家で聞けば? あったわよね仏間に。お義母さん、毎朝あのカセットデッキで、お経のテープ流してるもの、今もちゃんと使えるわ。そうだ、お義母さんと一緒に聞いたらいい。仏壇の前で。ご先祖様の前で、一緒に」
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