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「ご飯くらい、食べてってよ」
絞り出すような声だった。
「いや、できないよ」
「食べてってよ。私に悪いと思っているなら。あなた、もう何日私の手料理食べてないの? 結婚当初は美味しいって、たくさん食べてくれたのに。最後の晩餐になるかもしれないのに。罪を感じてるなら、夕飯ぐらい食べてくれたっていいのに」
隆子はその場に泣き崩れた。「最後の晩餐」という言葉が利いたのか、真は夕食を共にすることを渋々ながらも了承した。
夕飯を一緒に。これは隆子の本音だった。一緒に夕飯さえ食べてもらえない自分は、この人の中ではもう完全に妻ではないのか。そう思うと悲しみと悔しさでどうにかなってしまいそうだった。だが、もう一つの理由がある。メニューの中には、例のトリカブトかもしれない植物の玉子とじがある。
隆子は植物の玉子とじを電子レンジにかけた。煮物の鍋とみそ汁を温める。泣きながら食卓を整えていく。いたたまれないだろうけれどそれはお互い様だ。案の定、食卓につくと、何とも言えぬ凍りついた空気が二人を包んだ。隆子は玉子とじのラップを剥がし、小さなお玉で小皿に取り分け、向い側に置いた。
「立ってないで、座って食べましょう」
隆子は、真の優柔不断な性格をわかっている。もう一度「お願い」と懇願すると、真は、
「あ、ああ。それじゃあ、いただくよ」
と席に着いた。夫から「いただく」などという他人行儀な言葉を吐かれ、悲しみが胸に溢れた。真はなかなか箸を取ろうとしない。何度も躊躇いを見せ、ついには腰を浮かしかける。そのたびに隆子は涙ながらに訴えた。
「せっかく作ったのに食べてもくれないの」
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