毒の花

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 子供を生んだばかりだというのに、溝口真未にはあまり生活感が感じられない。真に寄り添っている姿は女そのものだ。細身で、色白で、目がぱっちりとした美人。それに比べ自分は生活感に溢れている。薄化粧で、口紅さえ節約してドラッグストアで買った二八〇円のリップクリームを塗っていた。  彼女はどんな下着をつけているのだろう。自分は色気とはほど遠い、通販で購入した安物ばかりだ。ワイヤーつきのブラジャーは、金属アレルギーを発症して痒くなるので、綿製の、機能性を重視したものばかりだ。通販のバーゲンカタログで選んだ無地のTシャツ、チェックの柄シャツ、主婦層がターゲットの、伸びる素材のジーンズ…。  洋服や化粧品を節約し、ローンを少しでも早く完済できるように自分の身をおろそかにしてきた。捨てたくて女を捨てていたわけじゃないけれど、夫には不満だったのだろうか。  それから数か月、隆子は生きていながら死んだような生活を送った。職場でも失敗が多く、よく店の人から叱られた。体重も減り、薄化粧さえしなくなり、紫外線で肌が荒れた。あれだけ手を抜かなかった掃除もろくにせず、家の中は埃とゴミだらけになった。  真が代理人を立てて申し出てきた離婚調停には応じなかった。頭ではわかっている。夫とはもう暮らせない。別れるのが互いにとって一番なのだということを。だが、釈然としない。心の奥深くに溜まった澱は浄化されることなく、どんどん増えていくばかりなのだ。
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