毒の花

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 一旦、裏切られた関係が元に戻ることはない。母を見て、わかり過ぎるほどわかりきっている答えだ。改めて他人の口から言われると、思いの外身に染みる。  それから約一か月後、熟慮と下調べを重ね、隆子はとうとう立ち上がった。  鏡の前に立つ。念入りに化粧をして、ルージュを引いた。一張羅のワンピースに久々に袖を通した。棚からブランドもののバッグを取り出し、普段使いの安物バッグと中身を入れ替えた。玄関へ行き、下駄箱の肥やしとなっていたパンプスを出す。  隆子の姿を見て、たまたま玄関前の掃除をしていた隣家の住人が声をかけてきた。 「あら、奥さん、おでかけ?」 「ええ」 「あら、いいわね。どちらまで?」  人と会わずに行きたかった。隆子は無理な笑顔を作り、出まかせを言った。 「ちょっと、駅ビルでお買いもの」 「行ってらっしゃい」  隣家の主婦は手を振って暢気に隆子を見送っている。夫が長いこと帰って来ていないことくらい、とうにわかっているだろう。  隆子は地下鉄とバスを乗り継ぎ、郊外の雑居ビルに再び足を踏み入れた。 「桑島さん? 見違えました。どなたかわかりませんでしたよ」  隆子の決心を見てとったのか、添田は笑顔で、殺伐とした事務所内に隆子を促した。 「離婚問題に精通している弁護士さんを紹介して下さい。私、調停には応じていません。今後も応じません。裁判に持ち込んで、夫から家と慰謝料、相手方とそれから姑に、損害賠償やら名誉棄損やらを請求するつもりです」
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