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それは恐怖心に違いなかった。真実を知る心の準備が何も出来ていない。会議も居酒屋も嘘。汗の匂いもしない。スポーツクラブなんて行っていない。一つの疑念が湧き起こる。女。女が、いる?
真は、やれ会議だ接待だと忙しい。それなのに今日は定時で帰った? 家に帰らずに、どこへ行っていたというのか。
女は感情で動く生きものだとどこかで聞いたことがある。だが、隆子は夫に問い質すことが出来なかった。いざとなると怖くて訊けない。もしも本当にそうだったら、今まで築き上げてきたものが一瞬のうちに崩れ落ちる。それに耐えられる自信など、疑惑を抱いた初日からあるわけがないのだ。
「おい、まだ起きてるのか」
「今、行く」
やっとのことで答え、隆子は恐る恐る足を動かした。右足、左足、段々寝室に近づくに従い、胸に点った疑惑が膨らんでいく。
以来、隆子は真を注意深く観察するようになった。もし決定的な証拠が見つかったら自分はどうするだろう。どうしたいのか。いやその前に、裏切られたと知ったらどうなってしまうのだろう。三年前に購入したマイホームも、短い間の夢で消えてしまうのか。ローンはまだかなりある。だから自分もパートに出ている。確かに疲れていた。手抜き料理になったり出来合いのお惣菜になったり。それが不服だったのか。それならそうと言ってくれれば頑張って料理を作ったのに。
「会社の近くに安い定食屋が出来た。お前も大変だろうし愛妻弁当は卒業しよう」
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