毒の花

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 真のその言葉を聞いた時、隆子はラッキーだと喜んだ。事実、毎朝弁当を作るのは大変だった。夫は自分を気遣ってくれて、弁当はいらないと言ってくれたのだと、素直に信じた自分はやはりバカだった。  真を疑って以来、よからぬ空想が増えた。実際、会社の近くに定食屋など出来ておらず、女が弁当を作っているのかもしれない。どこかで弁当を受け取り、社内でそれを食べる。会社の人達はそれが愛妻弁当であると思い込んでいる。そもそも人の弁当になど誰が興味を持とうか。せいぜい変化に気づいても、前とは弁当箱が変わったな、とその程度だろう。  夫婦の営みは月に数回はある。結婚して十年も過ぎれば妥当なところだろう。高校時代の友人達も、回数は減ったと皆口を揃える。たまに隆子の方から求めても、疲れているからと跳ね返されることがあった。夫は仕事で本当に疲れているものだと思っていたし、隆子もそれほど性に貪欲な方ではない。まさか他の女を抱いているから自分を拒んでいるなどと想像したことはなかった。  だが、隆子の疑惑はついに確信へと変化した。真のシャツから乳臭いにおいがしたのだ。消臭剤やら芳香剤やらで誤魔化したのか、鼻をつくローズマリーの香りがわざとらしかった。その奥から微かにお乳のような甘いにおいがした。隆子は割合鼻が利く。  そしてついに我慢ならず、隆子は探偵事務所に調査を依頼することにした。浮気調査など、正直、住宅ローンを抱えている身の上で代金が惜しかった。しかし隆子は、モヤモヤした中で足掻くのは窒息しそうで嫌だった。隆子は街外れにある、裏寂れた雑居ビルに入り、暗い階段を上った。
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