あなたの香り

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 あなたの香りが今も忘れられない。気が狂いそうだ。私の鼻腔を満たし、退屈な毎日に刺激を与えてくれる、あの香りを。  あなたの香りを嗅ぐためなら、私はなんだってする。いや、できた。あなたの働くレストランの常連客になったし、あなたの帰りを待って偶然を装い、同じ電車に乗ったし、あなたの通う書店でアルバイトもした。  あなたは、そんな私を醜い豚でも見るような目つきで睨み、ときには口汚く罵ったこともあったけれど、香りだけはいつも変わりなくいてくれた。私にとっては、それで充分だった。あとは、なにもいらない。  いつだったか、あなたの香りをビンに閉じこめようと試みたこともあった。だが、そんなのは茶番にすぎなかった。あなたの香りはこんなビンにおさまるようなものじゃない。最初からわかっていたはずなのに。私も愚かだったと思う。
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