楔

私はとても愛されている。
そんなことは分かっているのだ。
触れる彼の手が、見つめる目が、言葉が全てを物語っている。
それなのに私は死んでしまった彼の妻を片時も忘れられない。
脳裏にこびりついて離れないその影は、彼と並んで歩く今ですら忘れることを許さない。
会ったことすらないその存在に幼稚な私の独占欲はジリジリと炙られ続けている。

いつだったかの大掃除の時、私は彼が気を使って目の届かぬ場所に隠していたそれを偶然見つけてしまった。
机の引出しの奥に押し込められた亡き妻との結婚指輪。
きっと生涯彼女を忘れることはないだろう。
私は理解していた。

それなのに慈愛に満ちた表情で彼は私に言う。

「愛しているよ。私を悲しみの淵から救ってくれたのは紛れもない君なのだ。どうか変わらず僕のそばにいて欲しい」

と。
そのたびに私は複雑な感情に苛まれる。
心の臓がきゅっと痛むような、言葉になることを拒み、表面化することを阻まれるような感情。
そうして内部で煮詰まった毒は残酷な問いへと変貌を遂げ、私はそれを彼に投げつけたくて堪らなくなる。
誰も幸せにならないことを知りながら。
彼を傷つけて、自分も傷ついて、そうして自らの手で炎症を起こす。
ジリジリと炙られた独占欲は炎症をいとも容易く化膿させるだろう。
分かっていたはずなのに。

「ねぇ、生まれ変わってもまた私と居てくれますか？」

投げつけてしまったこの問いはなんと残酷なのだろうか。
彼に妻を2度看取れ、などと。
私のために妻をもう一度殺せだなんてよく言えたものだ。

口を噤む彼の傷ついた顔は心底愛おしかった。