祖父のカメラ

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『カシャ』 また桜に見入ってしまう。やっぱり、桜を見ないと日本人じゃないだろうとも思えてくる。 私の趣味は写真を撮ることだ。とはいえ、何十万円もするカメラを背負って行く光景が目に浮かぶかもしれない。でも、そうじゃない。 『カシャ』 このカメラは何世代か前の機種で、かなり型落ちしている。性能を無視し、愛着だけで使い続けている。 『カシャ』 私がカメラを始めたのもこの桜の時期だった。祖父が、亡くなったのだ。 『カシャ』 祖父は無口だった。なにか言葉で語るというより、背中で語るタイプの人だった。 「最近はどう?元気?中学の勉強は難しい?」 と祖母は言う。私は 「まあまあやっていけてるよ。」 と返事する。 『カシャ』 「高校の部活大変じゃない?来年は受験生だって?」 「部活は楽しいから苦じゃないけど、来年の受験は憂鬱だね。」 『カシャ』 何を考えているのかわからなかった。表情を読み取ることしかできない。何が欲しいのかも、どんなものが好みなのかもわからない。とりあえずカメラだけ。なんとなく距離があるような気がしていた。 『カシャ』 そんな祖父が一昨年の春に亡くなった。あまりに突然のことに心底驚いた。あまり悲しくはなかった。 私は遺品整理を少し手伝った。色々なものが出てきたが、大半を占めるのは写真だ。祖父が若い頃、私の両親が結婚した時、私が生まれたとき、私がランドセルを背負った時、私が部活の大会に出た時、私が大学受験に受かった時・・・。挙げるときりがない。その時、私は泣いた。初めて祖父の死に泣いた。確かに無口だったかもしれない。確かに何を考えているのかわからなかったかもしれない。でも、こんなにも私たちのことを見てくれていたなんて。こんなにも私たちの成長を楽しみにしていてくれたなんて。嬉しさ、悲しさ、いろいろな感情が混ざった涙だった。 『カシャ』 遺品の中から、私にはカメラが渡された。祖父が大事にしていた一眼レフ。 『カシャ』 一番初めに撮った写真は大学に入学したての頃、桜が綺麗な公園で撮った写真だった。撮れば撮るほど写真は奥深い。いつもの風景は日々表情が違う。いつもは素通りするようなところにも立ち止まるようになり、発見の毎日だ。 『カシャ』  カメラを持つと、祖父と一緒にいるみたいだ。ぶあっと春一番が吹いてたくさんの花びらが舞い上がって地面に降りた。
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