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残念ながらいまの俺にそんな力はなく、色々な助けを借りてようやく互角にやりあうのがせいぜいだった。
「……あんたは強い。いまの俺じゃ、あんたには勝てなさそうだ」
構えていた剣を下ろして負けを認める。
『妥当な判断だ』
「だからさ、時間をくれねえか」
俺はひとつ交渉してみることにした。それがダメならダメな時だ。
ドラゴンに対し、交渉を持ちかけるなんてことはいままでなかったのだろう。ドラゴンはいぶかしげに俺を見ている。
『時間だと?』
「ああ。俺は必ずあんたをひとりで倒せるように成長して、この縄張りをぶんどりに来る。だからそれまで他の人間に手を出すのはやめてくれねえか? 俺から他の連中にはあんたの縄張りに入らないように言っとくからよ」
交渉になっていない交渉。
実際こんな交渉にドラゴンが乗る理由はない。縄張りに入ろうが入らなかろうがドラゴンにしてみれば人間が邪魔な存在であることに変わりは無い。一気に焼き払ってしまった方が早いだろう。
それでもドラゴンは人間がそんな無茶な交渉を仕掛けてくるということ自体が面白かったのか、愉快そうに笑った。
ドラゴンが笑う姿を見たのは、俺が最初だっただろう。
『愉快な奴よ! 人が単独でドラゴンを越える、とは! 天がひっくり返るが如き所業だろうに!』
身体の大きなドラゴンが笑うと、世界が震えるほどの大音声になる。俺は耳を押さえつつ、馬鹿にされている気がして少し膨れた。
「うるせーな。もうちょっとでいけそうな感じだっただろーが」
言いながら大言に過ぎるなと思ったが、それもまたドラゴンの興に乗ったらしい。
『クハハ! 良かろう。お主の酔狂さに免じて、人間どもには手を出さずにおいてやろう。お主、早く我を越えてみせろよ』
ドラゴンはそう言って笑った。
それは嘲笑混じりのものではなく、なんというか、不本意ではあるんだがやんちゃなだだっ子を慈しむ親のような笑みだった。
ドラゴンは危険で凶悪な存在であると教えられ、そうだと信じて来た俺にとって、ドラゴンがそんな笑みを浮かべること自体が驚きだった。
その笑顔は、いまも忘れられない。
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