0人が本棚に入れています
本棚に追加
母さんの言葉
「――……あなたが、一番大切なのよ」
そんな母さんの言葉を、未だに覚えている。
言われた時は、とても嬉しかった。
一人っ子だった僕は、いつも母さんに甘えていた。母さんはいつも、「仕方ないわね」と言いながら、笑っていた。
二人で行った夏祭り。二人で行ったレストラン。二人で行った映画館。夏の暑い日に、先を行く母さんを追いかけた山間の畦道……。
思い出せば、いつもそこには母さんがいた。
いつも僕に、微笑んでいてくれた。
……でも僕は、何も知らなかった。
その笑顔の影で、母さんは追い込まれていたんだ。きっと父さんが、母さんを追い込んでいたんだ。でも僕は何も知らなくて、何も見ていなくて、それが、とても悔しかった。悲しかった。
そして身が震えるような寒い雪の夜、僕は母さんを助けようとした。
一番大切だからこそ、助けたかった。
……でも、遅かったみたいだ。
母さんは、家を出ていった。
許して――。
母さんが最後に言った言葉は、今でも忘れない。
父さんに理由を聞こうとしたけど、もう遅かった。父さんは何も答えてくれない。知らぬ顔して横になる父さんに、心底腹が立った。
でも、僕にはそれ以上どうすることも出来なかった……。
最初のコメントを投稿しよう!