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「たまには、あんたみたいな、つまり私が普段相手にしているような男と反対のタイプの人間と話をしたい時だってあるわけよ」
三本目の徳利が僕らにもたらされたその後で、ポツリと佐藤はそう言った。
「顔が悪くて陰険で根暗なやつとお話ししたくなる時があるってのは、お前も相当頭がおかしいよ」
半ば捨て鉢気味に僕は言う。酔いが回り始めていた。
「自分でもわかってるのよ、それぐらい。でも分かりなさいよ。いろんな男と中学の時から遊びまわって、ふと気がつくと四回生よ?これまで私の周りの男は揃って同じことしか言わないんだもの。それが真実みたいに思っちゃうじゃない。あんたみたいな捻くれたのと話をして、ものの見方って、一つじゃないんだって思わないと、私まであんな馬鹿になりそうな気がするのよ」
どんなことを言われてきたのか、そんなことを聞こうとしてやめる。どうせ、彼女の過大評価されがちな美貌やヒップやバストについてや、男たちの収入と安定性についての自己アピールの類だろう。そんなもの、僕だって聞きたくはない。
「馬鹿とわかって、付き合うお前は何なんだよ。いいからさっさと卒論出して俺の前から消えちまえ」
「書けてるのに出そうとしない、あんたも馬鹿よ。作家志望の文学徒さん」
「ほっとけよ、お前みたいなのがいるから、文学部は馬鹿だと馬鹿にされるんだ。さっさとケータイ小説とやらで論文書いて出ていけよ」
一瞬、ほんの一瞬のその隙間、佐藤の目の奥に悲しそうな光が見えて、自己嫌悪が喉の奥からせり上がる。それを日本酒で押し戻し、空になりかけの彼女の御猪口に酌をする。彼女は僕に酌を返して中身が空になったと言わんばかりに、僕の眼の前で徳利を振る。手を挙げ女将を捕まえて、同じものとあん肝を頼む。
あん肝と徳利が届くまで、会話と呼べるものはなかった。それでもお互い気にもしないし、スマートフォンを見始めることもない。ただ、黙ってうらぶれた店内から染み出すような、昭和音楽を聴いてた。そして時々思い出すように、日本酒を舐めるように飲む。
「食えよ。ここのあん肝は絶品なんだ」
僕がそう切り出すと、また、たわいもない話が始まった。
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