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君と別れて3度目の夏。
マネージャーの先輩と毎年行くのは、大きな川の近くにある野球部の練習グラウンド。
もう青春を共にした後輩はいないけど、
夏休みでも頑張る、その後輩たちへアイスの差し入れを持って。
「ふふ、今年もここの蝉は元気ですね」
「あれ?あんた蝉の声うるさいってよく言ってなかったっけ?」
「3年間毎夏聞いてたら、いつの間にか好きになってました」
頬が自然と緩むのは、幸せな時間だった証だろうか。
近づいてくる球児たちの掛け声が私をあの頃に返していく____
休日の早朝からの部活が終わり、まだ火照っている身体で河川敷に登る。
じわじわと炙るような西陽。
見下ろせば乾いたグラウンドの砂煙。
目を閉じればどこからともなく耳に響くのは蝉の声。当時はただのBGMにすぎなくて。
私の主旋律は、いつだって君だった。
練習着から制服に着替えた君がゆっくりと河川敷の階段を登ってくる。
監督はご機嫌ナナメなとき随分とハードなノックになる。君もそれに堪えたのか足取りは重たい。
君は怒るって分かってるんだけど、
まだ汗ばんでいるであろう背中に手のひらでぐっとYシャツを貼り付ける
「っおい! も~…」
「ふふ」
「それ、ほんとにやめろよ。」
「私にもやっていいよ?」
子どもがするみたいにくるっと背中を向ける
「…やらねーよ。はやく乗って」
そう言いながら、代わりにとでも言うように
君は必ずくしゃくしゃっと頭を撫でてくれるんだ
「も~、ぼさぼさ」
「どーせぼさぼさになるじゃん」
それもそーだねと彼の自転車のうしろに座る
段々と早くなるスピード、
比例するかのようにリズムを刻み始める君の鼻歌。
川と競走してるみたいって話したのは初めて君の後ろに乗った日だったかな。
あの日から決まって、私はピトッと君の背中にくっつく
漕ぐのが速いから風よけね って言いながら
そんなときだけ君は怒らない
バックルに回した私の手をそっと握って
ひと笑いするだけだったね。
なんの歌かも分からない鼻歌を歌いながら。
蝉の声にのせてあのリズムが甦る。
あの頃はBGMだった蝉の声、
君はどこで聞いてるかな。
今も忘れない、湿ったYシャツと君の背中。
河川敷に響く音。
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