いまもわすれない

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今も忘れないのは。 あなたと出掛けた野原の草いきれ。 風のにおい。 夕焼けに眩く照らされる、優しいあなたの横顔。 毎日の夕刻、駅の改札口。 そんなあなたを出迎える事が、私にとって何よりも楽しみで 待っている時間さえもが至福の刻。 私を見つけた時のあなたの微笑み。 「ただいま」 「おかえりなさい」 そんな他愛の無い遣り取りが何よりも幸せだった。 それは今まで忘れた事がない。 いいえ、忘れられる筈がない。 憩いのひとときをあなたはいつも私と過ごし 時には私を引き寄せ、他愛のない言葉を投げ掛けて来る。 「君といると温かい。ずっとこうしていたいな」 あなたの傍に寄り添っていられる幸せに 私はひとり酔いしれる。 今日も私は駅の改札であなたを待つ。 待てど暮らせど、帰って来ないあなたを。 「いくら待っても無駄だよ。彼はもう帰っては来ない」 周りのみんなは、そう口々に言うけれど 私はそれを一向に信じようとは思わない。 雨の日も 風の日も 照りつける太陽がこの身を焦がそうとも 私はあなたを待ち続ける。 親切に出される差し入れも喉を通らない。 あなたとの至福の刻が、私を生かす唯一の糧。 朦朧とする意識の中 ずっと待ちわびていた声が私の意識を呼び覚ます。 「ただいま」 「おかえりなさい」 あたたかなその胸に飛び込んで 私は鼻腔いっぱいにあなたの香りを吸い込んだ。 「ご主人、ご主人」 そう繰り返す私を優しく抱き締めてくれるあなた。 「寒い中、随分と待たせてしまったね。これからはずっと一緒だ」 「ずっとずっと?」 「そう、ずっとずっと。永遠に」 その傍らには、いつしか出来た小さな雪の山。 あなたはその前に膝を付くと、しばらくの間そっとその瞼を閉じていた。 「さあ、行こうか」 私達は雪で染まった真っ白な道を、仲睦まじく歩き出す。 やがて訪れる春に心躍らせながら。 ~終~
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