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「ああ、世界が揺れている」
会社の飲み会が終わった。おれは騒がしい居酒屋を覚束ない足取りで退出した。
既に外には、飲み会の他のメンバーが立って待っていた。皆顔が赤い。酒の飲み過ぎだ。
「松田くん、君、大丈夫かい?」
おお、そう言えばおれは、松田圭太と言う名前だった。係長が言うのを聞いて、おれはそう思った。
「大丈夫ですよぉ。少し飲み過ぎただけで……うっ」
おれは手や足を上げ、大丈夫である事をアピールしようとしたが、どうにも上手くいかない。世界が揺れているせいでバランスを崩し、電柱に身体をしたたかにぶつけてしまった。
「上田くん、松田くんと同じ方向だろう。少し連れて行ってやってくれ。それでは解散」
係長がそう言うと、会社の黒服スーツ共はそのままてんでばらばらに歩き始めた。
おれは世界が揺れる中、電柱に体重を預けて空を見上げた。まんまるな月が空にぽっかりと浮かんでいた。
「松田さん。帰りましょう」
ふと、おれの傍に上田京子が来た。おれの同期で、既に一年ほど仕事を一緒にしている。
入社してから初めて出会った時から、何故か上田はおれに馴れ馴れしく接していた。何故、と自問してみるが、上田と言う名前に聞き覚えもないし、人懐っこい丸っこい顔も見覚えが無い。不思議不思議と思いながらも、おれはおれ自身のトラウマがあって、なあなあと過ごしていた。
「あ……大丈夫、上田、おれは一人で……おっと」
おれは電柱に預けた体重を返してもらって、自分の足で地面に立った。
しかしこれが中々上手くいかない。またもやバランスを崩してしまい、おれはよろめいた。あわやこけるかと思われたが、上田がおれの身体を支えた。
「松田さん。帰りましょう。わたしが居ますから、大丈夫ですよ」
上田は、飲酒して上気した顔を近づけ、おれに言い聞かせた。しかし、その発言は、どうにもおれのトラウマを刺激した。わたしが居ますから。その言葉は何度聞いた事か。なので、おれはどうにか自分の足で立とうとした。しかしやっぱり上手くいかない。
「大分酔ってますね。わたしの家が近いですから、行きましょう」
家!
女の一人暮らしの家である。酔ってそこに行くなんて、色んな意味で大変な事だ。
しかしおれはあんまりにもふらふらしていたので、結局上田に連行されてしまった。
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