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上田はアパートに一人暮らししているようだった。そこそこ金がかかりそうなアパートだったが、まあオンボロアパートに好き好んで住む訳も無い。
上田に肩を支えられながらエレベーターを使って登り、おれは上田の部屋へと入った。
入って早々おれは驚きをもって部屋を見渡した。案外広いその部屋は、大分殺風景だったのだ。
「そこに座っておいてくださいね。あっちはわたしの自室です、勝手に入っちゃ駄目ですよ」
言われるまでも無い。おれは居間にべたりと座り、壁に体重を預けた。
女の家に入るのは、人生で二度目か。おれはそんな事を茫然と思った。
「はい。水ですけど大丈夫ですか」
「吐くほど飲んじゃいないよ」
上田がスーツを脱いで、水の入ったコップを持ってきた。おれは頭を下げて、コップを受け取って水を飲んだ。五臓六腑に冷たい水が行き渡る。火照った体に心地いい。
「お酒が入ると、色々考えちゃいますね。普通じゃ考えない事とか」
上田が、水を飲みながら、ふうと息を吐いた。上気した顔が、艶やかに潤んだ瞳が、おれを見つめていた。
ああ、この雰囲気は余り良くない。良くないが、おれはそれを嫌がれるほど図々しくはないし、何よりおれ自身が酔っていてぐらぐらしていた。
「松田さん、松田さんはわたしのこと、どう思ってますか? 聞いてみたいな」
じりじり、と上田はおれとの距離を近づけてきた。
おれは手で上田の身体を押さえた。上田は不思議そうな顔でおれを見つめた。
「上田は良い同僚だと思う。仕事も出来るし、美人だしな」
「人間としてはどうですか? ほら、少し教えて欲しいな、聞いてみたいな……ふふっ、松田さん、どうして困ってるんですか?」
どうやらおれは相当焦った顔をしていたらしい。上田は安心させるようにおれの頬に触れようとした。
ぱちん、とおれは反射的に、その手をはたき落としてしまった。上田は、とても驚いた顔でおれを見て、そして悲しそうにした。
「ああ、すまん、叩くつもりはなかった……なかったんだ」
「どうしたんですか? 何か、あったんですか?」
上田は俯き、上目遣いでおれの方を見た。
それはおれのトラウマの元凶とよく似ていた。だからだろうか、おれは自分のトラウマを離すことにした。
「昔、痛い目を見たんだよ」
おれは上を見上げて、水を飲んだ。
あれは、今でも忘れない、大学生一年の頃だった。
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