おもかげ

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 覚えている?  夏になれば、夕方のチャイムが四十分だけ遅くなること。いつからか……その境目は誰も知らない。昼と夜の境目を誰も追えない。いつの間にか、日が沈むのが遅くなって、空が橙色になるのにも、ゆっくり、ゆったり、ながく、時間をかけて。境目を引くことなんて誰にもできないのだろう。なんだって、そうだった。弟はいつも、チャイムが鳴る前に帰っていた。僕はいつも夜に包まれて帰ってきた。弟は父さんと母さんに、死ぬほど可愛がってもらえていて、愛されて……幸せだったけれど、でも、夕陽が海に溶ける、胸がとろりとするような切ない時間を知らないのだろう。あの陽に匂いはないけれど、ほんのり柔く鼻をくすぐる潮風が優しかった。あれは午後六時だけとても鮮明に香る。それを知らない。一生知ることもない。だって、まぁ、弟は死んだから。
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