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「大型ハドロン衝突型加速器がついに稼働します。宇宙を支配する物理法則のすべてが解明されるのか!」  朝のニュース番組は、どのチャンネルもこぞって新型加速器の稼働開始を報道した。 『高エネルギー加速器研究機構』がS市郊外に十年の歳月を費やして建設した巨大な研究施設のことだ。地下約百メートルに二十七キロメートルのトンネルを掘り、内部に加速器を設置している。  ここ数日、新聞もテレビも同じニュースばかり流れていた。新聞のトップ記事の見出しにも特大の文字で、「日本初大型ハドロン衝突型加速器 本日稼働!」と書かれている。テレビには物理学者や科学雑誌編集長などが解説のために出演しているが、「ブラックホールの謎が解明される」とか「余剰次元の存在を証明できるかもしれない」などと言うばかりで、何を言っているのか良く分からなかった。実際のところ『加速器』って何? 『大型ハドロン』って何なの? ニュースで解説は何度も聞いたがさっぱり分からない。報道の盛り上がりとは裏腹に、ちゃんと理解している人は少ないはずだ。  佐々木慎治(ささきしんじ)は朝食のトーストにバターを塗ると、もそもそと口にほおばった。のどが詰まりそうになると、牛乳で流し込む。慎治は食パンをうまいと思ったことはないが、毎朝母が用意してくれるので、何も考えずに食べているのだ。朝食は家族三人が揃って食べることが多い。慎治が通学のために家を出る時間と、父・善之(よしゆき)が通勤のために家を出るタイミングがたまたま同じなので、必然的に朝食も一緒になっただけだ。慎治と母・朋子(ともこ)はテレビのニュース、善之は新聞を読みながら朝食をとるのが佐々木家の朝の日常だった。 「そう言えば、あれって今日動くのよねぇ。なんだか知らないけど……」  朋子がテレビを見ながら言った。世間の反応はおおむね母と同じようなものだ。とにかくすごいものなのは分かるが、それがいったい私たちの暮らしにどんな影響があるのだろうか。
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