ライナスの左手

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諦念。ほしいものなんか、ひとつも範囲にはない。 「知ってます?自業自得が、本当の地獄なんですよ。だから、地獄は自分の中にしかないんです」 乾いた舌の真ん中から、じとじとと溶けていく。ゆっくりと、馴染まない感触はいつだって吐き出してしまいたくなる。 悲しいと言うにはうらさむく、寂しいと言うには邪魔くさいほど安心出来てしまった。 近すぎたんだ、たぶん、なにもかもが。 どうでもいいですよ、とうす明かりの中で言った。 肩口よりもすこし下のやわらかい肉を噛んでいた彼女がやっとその口を離してだるそうに頭をゆらす。結局鼻炎薬は飲みそびれたままで、小さく鼻を鳴らせばうす汚れた鈍い空気が粘膜をくすぐった。 あたたかいあぎとがまだ二の腕に重たくて、いい加減噛み癖直しなよ、と言う代わりにもう一度繰り返してみた。 どうでもいい。 薬無いんですか、とまだ眠たそうな声のあとに続いたほとんど息みたいな言葉を反芻させて、隠した苛立ちを喉の奥で鳴らす。まぶた越しに万華鏡みたいな形で白く翳っている夜明けがもう直ぐ近いのだと悟った。 覆い被せたままの毛布は静かに音もなく湿り気を帯びていく。確実に変化していくことの恐ろしさは、音もたてず星や夜を消し去ってしまう夜明けによく似ている。     
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