ライナスの左手

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生きている証拠がないのが厄介だと喫煙所で呟いた俺に、生きるのは身体に悪いからそれでいいんだと、こいつは笑った。 俺が黙っていられなかったのがおしまいだった。あるいは、こいつからそんな言葉を聞いてしまったのが。 沈んでいく色味の深さはずっと眺めていると水底へ引き込まれていく感覚が気がつけば身体を覆っていて、床に伸ばしている影でさえたちまちに見えなくなってしまう。ガムシロップが紅茶へ沈んで底に到る道筋で溶け出していく間のような、力無く虚ろな、そんな質の悪い天国で浸す視床下部。 熱を携えた眼窩を揺らす色が映り込めば、あとはいつも通りに底辺の戯れが始まるだけだ。 夜が更けて落ちていく方角に一足踏み込んで、また片方の足を引き摺るようにして差し出す。駄目になるだけの泥濘はやさしい。 溶け出した頭の後ろから、やり過ぎは身体に毒ですよ、とかすむ声がして、生きるのだって身体に毒だから同じでしょ、と笑いながら返す。 声だとか、そういう些細な一瞬でも、どれくらい効いているのか、そんなことがいつの間にか解るようになっていた。すぐにふわふわと心地の良い眩暈のような感覚がして抗う意味もないのでそこへ沈んだ。 まだぐずついている頭を押さえていると、後ろから乾いた呼吸が聞こえた。     
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