ライナスの左手

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それならこんなところまで来る筈もなかったんだ。気まぐれに、切符を切ることさえすれば、いつだってやめにしてしまえたのに。 耳を塞いで、頭を抱えるようにして、出来るだけ丸くした身体の外側を縁取る皮膚は渇いているようで水分をはらんでいる。壊れた時計の針みたいな不規則さで暑さと寒さが立ち代わりに内側から刺した。 「いいですよ、別に」 「なにがですか」 「さあ。次会った時にはもうちょっとしあわせになっててくれたらってだけです」 今よりですよ、簡単でしょ。 溜息をつくときのやり方で息を吸って、痰を切る素振りの咳にかえて吐き出すことが、せめてもの返答になってくれればいいと思った。 例えば耳を塞ぎたくなることを、正直だからといって許されはしない。子供じゃないんだ、もうずっと前から。 誰にだって、踏み入れられたくない領域があるなんてことくらいは解っていた。 こいつと俺とのそれが、他のひとのより多いことも。 黙ったまま伝わらないくらいの力で弱くかぶりをふって、逃げるみたいにまぶたを落とせば重たいくらいの鈍さがぐらりと側頭部を揺らした。 「ちゃんとさあ、勝手にすればいいんですよ。あんたの都合なんか興味ねえし、多分そこくらいは一緒でしょ」 「言われてするもんでもないでしょうよ」     
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