ライナスの左手

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なにも考えずに喋っているふりの話の内容も、嗅ぎ慣れた煙の甘ったるい匂いも、薬の味も、くぐり抜けてなまぬるい風に当たれば、忘れてしまえるのだとそう思い込んでいた。 なあ、都合とか、今更ほざくなよ。そんなの、最初から考えてなかったくせに。 二の腕に髪の毛の先の触れるかぼそい感じがして、去っていった重みのあとでマッチの擦れる軽い音がした。 あまり機能していない鼻腔でも解る、枯れた葉の焼けていく匂いがふくらんだ。粉砂糖まみれにしたバナナの皮を焼いたような、うまく言えない、そんな重苦しくなる甘い香り。 冷たい毛布だと思った。 それから、彼女のぞんざいで無邪気な口振りと後ろ暗くてそれ全部うそだろと一蹴してやりたくなる饒舌を、好意ではなくただ好きだったのだと思った。 まだ綺麗な部分が多い毛布の片方を俺に差し出すと、彼女はもうなにも言わないというように狭いそれに浮かんだ骨を埋もれさせた。だから分け与えられた毛布を同じように肩まで被った。俺も、もうなにも言わなかった。 どう考えたってこいつと俺とは違う人間だった。そして同じ生き物だった。 だからつまり、これは人の持ち得る最低限の慈愛とかなんとかいうべきものよりも、もっと、ずっと手前らへんのところでなんでもなく転がっている、そんなくだらないもののひとつなんだろう。     
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