ぼくのおじさん

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 そう言ってカップをぼくに差し出してくるおじさんの、男らしく節くれだった指に触れないように気をつける。だって、触れてしまったらきっと、ぼくの理性ははじけてしまう。  そのくらい、片思いは危ういところにまで到達していた。  これを恋だと自覚したのは、おそらくきっと小学生のとき。  漠然とした気持ちが、確固たるものに変化したのは中学生のころ。  おじさんが働いている姿を見た瞬間からだ。 「ほんと、おじさんって仕事をしているときはビシッとしているのに、ふだんはだらしないよね」  勤務中のおじさんと休日のおじさんは、別人みたいだ。きっと、はじめておじさんを見た人は、ふだんのおじさんの姿を知れば驚く。ぼくは、その逆だったけれど。  カップを握る大きな手の先にある、がっしりとした腕から視線を外してコーヒーを淹れる。背後でイスが鳴った。おじさんが腰かけたのだと、それでわかる。背中に全神経を集中して、おじさんの姿を見ないまま、おじさんがどんな格好でいるのかを想像する。  きっと足を大きく開いて、斜めに腰かけてテーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せてぼくをながめている。  おじさんが、ぼくを見ている。  それだけで、ぼくの心と本能に忠実な部分がほんのりと熱くなった。     
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