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キョトンとしてから、ぼくは笑っていたのだと気づいた。顔が熱くなって、とっさに立ち上がったぼくは、コーヒーを飲んでいたことを忘れていた。
「っ、圭太!」
鋭いおじさんの声と、力強く引かれた体。ぼくの体よりも熱い肌。それと、陶器の割れる音。
それらが同時にぼくを襲って、なにが起こったのかわからなくなって、すぐに正気を取り戻したぼくは、立ち上がったおじさんに抱きしめられていた。
「――え」
「大丈夫か? どっこも、痛くも熱くもないか」
ぼくよりも、わずかに上にあるおじさんの目が心配に揺れている。ちょっとの間を空けてから、コーヒーカップを落としてしまったのだと理解した。熱いコーヒーやカップの破片から、おじさんはとっさにぼくを守ってくれたのか。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、こうなっちゃうんだろう」
お礼を言わなきゃいけないのに、ぼくは自分のふがいなさを吐露していた。
「どうした、圭太。なんか、あったのか?」
憂い顔のおじさんが、まっすぐにぼくを見ている。真剣な瞳に胸が詰まって、目の奥で涙が生まれた。
「圭太?」
こんなに好きなのに――。
「どうして」
「なにが」
「おじさん」
「ん?」
やわらかな声に、さらに泣きそうになった。心臓が痛いくらいに絞られて、息苦しくなる。即物的な部分が脈打って、この人が欲しいと言ってくる。
「――え?」
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