18人が本棚に入れています
本棚に追加
*****
それはまだ寒さの厳しい夜のことだった。
静寂を打ち破る無数の蹄の音。
不意打ちに慌てふためくトゥルンガの軍を圧倒し、瞬く間に首都を制圧し、王宮へと踏み入ったのは、かねてからトゥルンガを狙っていた隣国エレメキの軍隊だった。
若く有能で人望に厚いと噂が広まっていたエレメキの王、スコリアが直々に兵を率いていた。
赤く染められたオナガドリの尾が付いた兜を脱ぎ去ると、縄で縛られ謁見の間に連れてこられたトゥルンガの王に言い渡す。
「民を殺すつもりはない。王家と悪名高い聖家とやらを追放する!」
寝間着姿のままとらえられた年老いたトゥルンガの王が、しかし! と反論する。
「山の神に生贄を差し出さなければトゥルンガの土地が荒れる。しかも、聖家には今、山の神の子が居る。あれを潰したらどのみちここに未来はないぞ」
スコリアはふんっと鼻で笑って横にいた家臣に何かを伝える。
そして、その家臣が無言で一つ頷くと、一旦どこかへ姿を消して、すぐさま美しい女を伴って帰って来た。
スコリアはその美女に手を差し伸べ、女の方もそっとスコリアの手を取った。
「良いか、トゥルンガの王よ。ここにいるのは私の妻で、元々はそなたの国の民であった者だ。名はウノ。数年前に山の神の生贄になった女であるが、知らないであろう?」
トゥルンガの王は跪いた体勢のまま顔をあげて、スコリアの隣に立つ美しい女の顔を見た。
「生贄……しかし、生贄は聖家の者しかならないはずだ。それに数年前と言ったら、トウノという娘が生贄だったはず。そのものは身に山の神の子を宿し帰って来たはずだが」
スコリアはウノを見て、頷く。
ウノもスコリアと同じように首を縦に振ってから、トゥルンガの王に目を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!