彼は不思議な子であった

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私がはじめてその子を目にしたのは、中学三年生の時だった。 その日は生憎の大雨で、私は折りたたみ傘を手に、少しばかりの早足で濡れた地面の上を歩いていた。狭い歩道を歩いているがため、時節やって来る対向者と傘同士がぶつかる音が、非常に心地が悪い。 天気の薄暗さも重なり、鬱々とした気分が私の心を支配する。 そんな時、私は目にしたのだ。 この暗い世界の中で、傘も差さずに佇む、その姿を──。 中学男子特有の、よく目にする黒いデザインの制服。名前も何も記されていない、新品同様の白い上履き。 びしょ濡れの黒髪に、顔に張り付けたような白い仮面。 そして、片手に持たれた、証書を入れるための、黒い筒。 仮面にサッと描かれたような顔は、笑っているのか泣いているのか、少し判別し難い表情を浮かべていた。 それがさらなる奇妙さを漂わせ、私は思わずと、動かしていた足を止めてしまう。 既に子供という枠の中から飛び出し、大人への一歩を踏み出そうとしていた人生の道上。そんな所でまさか、こんなにもおかしな出会いを体験するとは、正直思ってもいなかった。 それほどまでに、彼の存在は、当時の私にとって強烈だったのだ。 「……変な人」 思わず素直な感想が、口の中よりこぼれでた。 慌てて空いた片手で口元を抑えるも、どうやら今の呟きは聞かれていたらしい。ゆっくりとこちらを振り返るその人物に、ゾクッと、背中が震えてしまう。 なぜそんなにも、どこぞのホラー映画で出てきそうな振り向き方をしやがるのか……。 なんとも言えない表情で、しかし異常な存在感を放つ彼をスルーできるはずもなく、私は小さいながらも頭を下げた。無礼な発言への謝罪と、はじめましての挨拶を含んだそれに、彼は一度首をかしげてから、私と同じように頭を下げる。 どうやら、意思疎通は可能のようだ。 「……ど、どうも?」 ならばと私。折角なので声をかけてみることにした。 自分でも驚く程に緊張したまま片手を上げれば、彼はまた首をかしげてから、私と同じように片手をあげる。 「……どうも」 仮面の中で発された、小さな、くぐもった声。どこか自信の無さそうなその声は、この濡れた世界に、ゆっくりと顔を出し、そして大雨の音に消され、消えていった。 よく耳をこらさなければ聞こえぬ音に、私はたじたじである。
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