彼は不思議な子であった

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「なにをどう言おうとも、偽善者の私はあんたに構い続けるからね! それが嫌ならとっとと成仏! わかった?」 「……」 返事は返ってこない。変わりとばかりに吐き出されたのは、さほど深くない、小さな溜め息だった。 どこか諦めを滲ませたそれは、彼の今の心情を表しているのかもしれない。 「……成仏したところで、なにも変わりはしません」 「そうかな? 生まれ変わったりとかできるかもしんないじゃん」 「生まれ変わったところで、待つのは同じ結末です。僕は貶され、蔑まれ、そうして惨めに死んでいく……」 なかなかにマイナスな発言だ。 これは手強いぞと、考える私は一度沈黙。すぐに顔をあげてから、「ならこうしよう!」と彼を見る。 「あんたが生まれ変わったら、私があんたを守ってあげる。だから怖がらず、変化の波に飛び込んでこい!」 「……どうやって」 「なんとかなる! だってあんたと私には、もう縁ってやつがあるんだから!」 威張り腐って胸を張り、小さな頭を片手で撫でた。濡れたそれはわしゃわしゃと揺らす度、小さな水滴をあちこちに飛ばし、回りを濡らす。 「……やめてください」 不服そうな声が発された。 「あなたなんかに助けてもらわなくても結構です。僕はきちんと生きられます」 「おお? 言ったな! んじゃあ、その強く勇ましい姿、きちんと見せてちょうだいよ!」 そうでなかったら承知しないとその手を掴み、ひやりとしたそれと小指を合わせる。上手く交差した指を上下に振るえば、約束は完了だ。 離れた手を不思議そうに見つめる彼に、「行ってこい」と励ますようにその肩を叩く。彼は黙ったまま、ただなにも言わずに、踵を返した。濡れることも厭わずに、墓地へと消えていく姿は、最後に目にした時と、全く変わらないものである。 「……帰るか」 誰に言うでもなく呟き、私もまた、その場から離れようと歩き出す。 墓地に向けたはずの背中は、なぜだか、小さな彼に向けているようで、苦しくなった。
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