彼は不思議な子であった

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「……ただいまー」 大雨の中、えっちらおっちら足を動かし、ようやっと帰りついた我が家の中。ひどく美味しそうな香りに鼻腔をくすぐられた。もうそんな時間かと、鳴り響く腹の音に苦笑しつつ、私は家の中へ。明るいそこに足を踏み込み、夕食の用意をする母親へと目を向ける。 「母さん、ただいま」 「あら、おかえり。手は洗った?」 「今から洗う」 リビングのソファーに荷物を置き、洗面所へ。薄暗いそこで明かりをつければ、溜まった洗濯物が確認できた。どうやら、ここまで手が回らなかったようである。 一応洗濯機を回し、音をたてて動き出したそれを横目に、両手を洗う。ついでとばかりにうがいも済ませれば、リビングの方から私を呼ぶ母の声が響いてきた。即座に向かえば、「料理並べるの手伝ってー」と、お手伝いを要求される。 「わかった。なに出す?」 「んーと、お箸と、お皿と──」 てきぱきと行われる指示に従い、言われたものを食卓の上へ。母と私、それから父の、計3人分となる夕食を並べ、一息吐いた。 「ごめんなさいね。ありがとう」 微笑む母親に、「いーえー」と片手を振っておく。 「それはそうと、雨、どんな感じだった? 結構どしゃ降り?」 問われる言葉に肯定を返し、鞄の中から取り出した教材を、テレビ前の机の上へ。筆箱を取り出し、今日の分の宿題を終わらせるべく、ノートを開く。 今日は数学と化学、英語から色々出ていたので、早く片付けねばならない。 「いやーね、洗濯物が乾かないわ……あ! 洗濯機!」 「回してるよ」 「あら、ほんと? ありがとう。助かるわ!」 ならば暫く休んでいようと、ソファーに腰を下ろす母親。「あー、疲れた」と今日の疲労を口にする彼女に、とりあえずと労りの言葉を贈っておく。 すぐに飛んでくる感謝はひどく優しい音で、彼女の性格の柔らかさを、存分にわからせてくれていた。 「……ねえ、母さん」 「あら、なあに?」 口を開き、少し迷い、私は意を決して疑問を紡ぐ。 「ちょっと非現実的な約束って、守られると思う?」 思い返すのは、つい先程交わした言葉の内容。やや無理矢理に指切りした小指を視界、眉をひそめる私に、母はクスクスと笑いながらこう言った。
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