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その日、僕は彼女に求婚した。ほんの小一時間ほど前のことだ。
満面の笑みは快諾以外の何物でもなかったけれど、彼女は深呼吸してゆっくりと言葉を紡いだ。
――あなたにひとつ隠していることがある、まずはそれを聞いて欲しい、と。
もしかしたら、そういう切り返しもあるかもしれない。肝を冷やすカミングアウトや、冗談交じりに断られることだって、無いとは言えない。
我ながら情けない限りだけど、そんな風に覚悟を決めていたおかげで、僕は取り乱さずにすんだ。そして彼女の誠意ある態度を嬉しく思い――自分が恥ずかしくもあった。
過去や秘密も全部ひっくるめて君を愛す、その気持ちに偽りはないけど、「あえて訊かないから、君も訊かないでね」という、暗黙の、打算的な気持ちがなかったとは言えないから。
身構えていた僕に「じゃあ、讃岐屋に行こうか」と彼女はにわかに腰を上げた。
拍子抜けしたけど、今ならその意味が分かる。
彼女は秘密を証明しようとしているのだ。
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